今回の代表チーム特集は、すっかり野球強豪国の印象が定着してきましたオランダ代表を分析してみたいと思います。オランダ代表と言えば、第2回と第4回のWBCでの活躍が印象的です。第2回WBCでは、優勝候補のドミニカ共和国代表を2度に渡り破り、WBC史上最大とも言えるジャイアントキリングを達成しました。また、第4回WBCでは2次ラウンドで小久保監督率いる侍ジャパンと対戦。試合後の指揮官が「死闘」と評する程、野球日本代表の歴史の中でも名勝負に数えられるような試合、そのの対戦相手こそがオランダ代表でした。バリバリのメジャーリーガーが何人もいるオランダ代表の重量級打線は、侍ジャパンの投手陣だけでなく、世界の強豪国にとっても脅威となっています。
オランダ領アンティルの存在
国際野球に詳しい方ならば、オランダ代表と言えば「オランダ領アンティル」出身選手の話を今更取り上げる必要もないと思いますが、一応触れておきましょう。オランダ領アンティル(~2010)は、カリブ海の小アンティル諸島にあったオランダを構成する自治領です。現在はキュラソー島、アルバ、ボネール島、シント・マールテン島といった自治領又はオランダの構成国に分かれていますが、キュラソー島やアルバでは他のカリブ諸国同様に野球が盛んなことで知られています。しかし、キュラソー島の人口が約15万人、アルバが約10万人と人口が非常に少ないのにも関わらず同地域からは何人ものメジャーリーガーを輩出しており、その”輩出率”は最も多く”外国人”メジャーリーガーを輩出しているドミニカ共和国を上回り、『世界一のメジャーリーガー輩出率』を誇る地域として知られています。
オランダ代表の戦力構成
こちらも国際野球通の方ならば良くご存じの話かと思いますが、WBCなどでのオランダ代表の戦力は、野手は主にMLB傘下のメジャーリーガーを中心とした打線、投手はオランダ国内リーグ”Hoofdklasse”のトップ選手により構成されています。ただし、近年投手側の主力だったオランダ国内の選手の世代交代がうまく進まず、戦力の低下が顕著になってきています。1980年代生まれディエゴマー・マルクウェル、トム・スタイフベルヘン、オルランド・インタマ、JC・スルバランなどが未だに代表入りしていますが、昔と比べると衰えが出て踏ん張りが効かなくなっ来ている印象で、ジャイア・ジャージェンス(SP/元アトランタブレーブス)、シャイロン・マルティス(SP/元ワシントン・ナショナルズ)といったメジャー経験組にも限界が見えてきており、今後も彼らに頼る訳にはいきません。
一方で野手の方は、2018年にブレイクしたオジー・アルビーズ(2B/アトランタブレーブス)のように、まだまだアンティル諸島から有望株が出続きそうな雰囲気もあり、打力に対して投手力の低下が深刻になっていきそうな状況です。
最新のオランダ代表戦力を分析してみた
次に最新のオランダ代表の戦力を分析するため、現在メジャーリーグ球団に所属している選手を分析してみたいと思います。
まずは野手です。下のグラフの見方ですが、縦が年齢で、横が各ポジション、そして円の大きさはWARや所属マイナーレベルを参考にした選手の”レベル”を表しています。また、円の色分けは出身地域を表しています。
見ての通り、セカンドやショートにメジャー級のタレントが集中しています。メジャー随一の守備力を誇るアンドレルトン・シモンズ(SS/ロサンゼルスエンジェルス)、ヤンキースの正遊撃手だったディディ・グレゴリアス(SS/フィラデルフィアフィリーズ)4シーズン連続20本塁打以上をマークしているジョナサン・スコープ(2B/デトロイトタイガース)などのピークを迎えた30歳前後の世代に加え、オジー・アルビーズやカーター・キーブーム(SS/ワシントン・ナショナルズ)といった20代前半の世代も台頭してきており、二遊間が完全に交通渋滞を起こしています。そうなると、メジャーでもトップレベルのザンダー・ボガーツ(SS/ボストン・レッドソックス)を、1つ右の列にずらして代表チームではサードを守ってもらおうという考えは理解できる話ですね。また、マイナーリーグ時代はメジャーでも有数の遊撃手になるだろうと思われていたジュリクソン・プロファー(UT/サンディエゴ・パドレス)が、ユーティリティープレイヤーとして成長したことは当時のテキサスレンジャースからすると誤算だったかもしれませんが、オランダ代表チームにとってはチーム編成上助かったのではないでしょうか。
しかし、何故ここまで二遊間ばかりに優秀な人材が偏るのでしょうか?その要因は色々あると思いますが、恐らく同国においても”二遊間が花形ポジション”という考えが大きく影響しているからではないでしょうか。野球というスポーツへの捉え方は、国によって様々です。例えば、日本では甲子園に代表されるような1戦必勝のトーナメント形式が割と盛んであったことから、個人の力で試合を決めることができる投手にタレントが集まる傾向にありますし、他にもキューバでは投手よりも打者に人材が集まる傾向にあります。キューバでは「男子はバットとボールを持って生まれてくる」という格言(?)があるらしいですが、野球とは”バットでボールを打つスポーツ”という捉え方がされていて、故にバッターに人材が集まるのではないかと思われます。アンティル諸島に近い野球”狂”国ベネズエラでは、今でこそ各ポジションに万遍なく優秀なタレントを揃える国になりましたが、昔はセカンドやショートのスタープレイヤーが中心にスタープレイヤーを輩出していました。恐らくは、アンティル諸島でも、野球は『内野が花形』という考え方があるのではないかと思います。
また、メジャーリーガーはまだ出てきていないものの、意外とキャッチャーの選手層が厚いことがわかります。これは、オランダ領アンティル諸島出身の人たちが英語やオランダ語に加えパピアメント語と呼ばれるポルトガル語とスペイン語の影響を受けた混成言語を使っているため、キャッチャーという語学力を中心としたコミュニケーション能力が求められるポジションにフィットするためだろうと思われます。これは、スペイン語と英語を公用語としているプエルトリコが、捕手王国として優秀なキャッチャーを輩出し続けている背景と類似しています。
ネタバレですが投手は…
次に、ネタバレなので想像はつくと思いますが、投手のグラフを見ていきましょう。
野手と比べると随分寂しい絵になっています。20歳以下のルーキーリーグの選手も書き加えればもう少し選手はいるのですが、小さな点が増えるだけで大まかな傾向は変わりません。10年くらい前にはJ・ジャージェンスやS・マルティスなど、メジャーリーガーの投手も多少いたのですが、今ではロサンゼルスドジャースの絶対的守護神ケンリー・ジャンセン(CL/LAドジャース)が圧倒的な存在で他にめぼしい投手がいません。ジャンセンも元はキャッチャーで、2009年第2回WBCの後に投手へコンバートしています。
(余談)因みに、キュラソー島やアルバとは違い、ベネズエラから遠くむしろプエルトリコに近いシント・マールテン島からもマイナーリーガーが出ています。投手はFranklin van Gurp(RP/サンディエゴ・パドレス1A)、野手ではIzzy Wilson(OF/タンパベイレイズ1A+)という選手です。シント・マールテンではサッカーがメジャースポーツらしいので、その島からマイナーリーガーが出てきていることは、野球の国際的普及にとってちょっとしたプラスの話題だなと思います。
”世界一のメジャーリーガー輩出率”の裏
中島大輔氏著の『中南米野球はなぜ強いのか』によると、キュラソーから多くのメジャーリーガーが輩出できる理由の1つは、人口の少ない小さな島だからこそスカウトが優秀な若手選手を見つけやすく、さらに指導者も1人の選手に対して手厚くコーチングできる育成力があるからだそうです。しかし、キュラソー島やアルバの人口は島全体でせいぜい15万や10万人程度でしかありません。一方で、同じく近年力をつけてきたコロンビアは、野球が盛んな地域はカリブ海付近のバランキージャやカタルヘナといった都市に限られますが、それでも同都市の人口は共に100万人を超えます。(他の野球強豪国,中堅国の都市圏人口も100万人は悠に超えます。)二遊間以外の投手や外野といったポジションでもメジャーリーガーが出始めてきているコロンビアと比べると、二遊間以外に拡大できていないキュラソーやアルバにとっては、この人口の差は今後どこかで障壁となる気がします。人口の少ない島であるが故に出来ること(=育成や人材発掘)の一方で、土台の小ささはいずれ限界を迎える気がしています。
加えて二遊間にタレントが集中している傾向も踏まえると、オランダ代表がより上を目指す上では、今以上に戦力供給をキュラソー島やアルバに対し期待するのではなく、やはりオランダ本国の選手や国内リーグを底上げする必要があるように思います。
気になるオランダリーグの戦力差
オランダ国内リーグ『Honkbal Hoofdklasse(フーフトクラッセ)』。イタリアのセリエA1と並び欧州トップクラスのリーグで、8チーム✕42試合+上位4チームによるプレーオフ9試合、プレーオフ上位2チームが決勝のオランダ―シリーズを戦います。中でも、キュラソー・ネプチューンズとL&Dアムステルダム・パイレーツが2強で、ここ20年の優勝回数はネプチューンズが14回で独占状態、たまにパイレーツが一矢報いるようなペースで優勝争いが繰り広げられています。代表チームに選ばれる投手も、この2チーム所属の選手は多いです。昔から、ネプチューンズとパイレーツの2チームが強かった訳ですが、ここ最近は特に2強と他の6チームとの戦力差が広がっているように見えます。2018年、19年のレギュラーシーズンでは、2位チームと3位HCAWとのゲーム差が10まで広がっていますので、ネプチューンズやパイレーツからすると、他のチームとの対戦にはそこまでプレッシャーになっていないのではないでしょうか。
下のグラフは、アジアの各プロ野球球団の過去3シーズン分のOPSと防御率(ERA)をプロットしたものです。このグラフからは、『投高打低』とか『打高投低』といったリーグの特徴も分かるのですが、今回注目して欲しいのは各リーグ内での成績のバラつきです。
日本のプロ野球(赤)の場合、チームのOPSが0.650~0.800位で、防御率は3.00~4.30位の範囲で収まっています。また、韓国プロ野球KBO(水色)は、昨シーズン昨シーズン打高投低の傾向にメスを入れたため、少し範囲がばらついていますが、一定の範囲に収まっています。台湾CPBLも同様です。何が言いたいかというと、アジアのプロ野球は球団間の戦力差はあるものの一定の範囲で収まっているということです。なので、同じリーグの最下位チームと対戦するとしても、相手も4割前後くらいの勝率はあるので、どのチームにしても『侮れない相手』になります。また、これはアジアに限りません。参考までに2019年のキューバリーグはこんな感じです。
キューバリーグは参加チームが16もあるので、強いチームと弱いチームでアジア球団よりも成績がばらついているかなと予想していましたが、あまり大差はありませんでした。
一方でオランダのフーフトクラッセはどうか?
アジアのプロ野球やキューバリーグと比べても、圧倒的にバラつきが大きいのが分かります。因みに、グラフの右下に行く程、OPSも高く防御率が低いので『強豪』ということになります。逆にグラフ左上にいるチームは、OPSが低く防御率も高いので『弱小』ということになります。そして、この『強豪』ゾーンにいるのはネプチューンズとパイレーツです。繰り返しになりますが、彼らと他のチームとの間には大きな戦力差があります。オランダのトップリーグとは言え、参加チームのレベルはピンキリだということですね。同じ欧州の強豪イタリアのリーグもリーグ内の戦力差は大きいですが、オランダ程の寡占状態ではありません。優勝チームももっとバラけています。
国内リーグの底上げ
ネプチューンズとパイレーツに所属している投手陣からすれば、味方の打線は強力なので勝ちは付きやすいし、味方の打者と対戦しなくて良い分スタッツも良くなります。そう考えると、中堅チームに所属しているラース・ハイヤー(SP/ホーフトドルプ・パイオニアーズ)が今シーズン13先発で防御率0.77という成績をマークしているのは脅威的ですが…。一方で、強豪チームの投手からすれば下位チ―ムと対戦することは、すなわち強いチームの打線との対戦機会を失うことにもなります。個人的には、もっとここをシビアに分けでもいいのではないかと思います。例えば、半分の21試合消化した段階で上位4チームと下位4チームに分け、残りは上位4チーム間での対戦を増やす。つまりはキューバリーグに似た方式でですね。キューバリーグには、都市対抗野球などでも使用されている補強選手の制度がありますが、そこまでしてしまうと国内リーグの意義とかにまで議論が及んでしまいそうなので横に置いておきましょう。まぁ本来ならば、ドラフトとかサラリーキャップだとか戦力均衡化の策が王道なのでしょうが、手っ取り早くリーグの質を上げるには、こんな感じで他の国で適用されている仕組みをさくっと導入してしまうのも”アリ”かなと思います。
~以上~
参考文献:
[1] 『中南米野球はなぜ強いのか――ドミニカ、キュラソー、キューバ、ベネズエラ、MLB、そして日本』中島大輔 (著) 亜紀書房 (2017/4/5)
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