【WBCをスタットキャストで振り返る】韓国代表の課題

 WBCで3大会連続で1次ラウンド敗退となってしまった韓国代表。今回は他のプールと比べ、かなり楽な組み合わせという前評判だっただけに、地元メディアや代表OBから様々な角度からコメントされ批判されました。批判記事で多いものは「集中力不足」「投手力不足」の2つ。前者は、初戦の豪州戦の7回に姜白虎(カン・ベクホ)が2塁打の後、ガッツポーズをした際に足がベースから離れタッチアウトになったプレイを引き合いにしたものですが、あのワンプレイが大会全体を左右する程の影響力があったとは思えないし、むしろ後者の「投手力不足」の方が、豪州戦終盤に2発の被弾や防御率7.55という事実からしても説得力があるように思います。

 しかし、韓国代表の投手陣を今後どう立て直し方については、様々な意見が出ています。例えば、代表OBの選手からは『韓国高校野球では木製バットが使用されており、投手優位な環境のために制球や変化球が研鑽されず、球威に頼った投球となっている。故にピッチングの基礎が磨かれない』という意見も。一方で、韓国メディアからは『韓国には100マイルを超える速球を投げる投手がいない』といった意見もありますが、100マイルは今大会の中でもかなり速い方の部類に入るので、球速の基準としては厳しめなものに見えます。果たして本当の課題はどこら辺なのでしょうか?


 話は変わりますが、今回のWBCは通常の投打成績に加えて、スタットキャストのデータがBaseball Savant経由で提供されており、普段スタットキャストデータが得られないMLBやNPB以外の選手でも詳細な情報が得られるようになりました。このことは通常のスタッツ探しにすら苦心している国際野球好きからすれば大変革命的な出来事なのですが、折角なので公開されたスタットキャストの意義を見出すためにも、韓国代表の課題や対策といった所を同データから考えていきたいと思います。


奪三振や与四球からは韓国の現在地は見えてこない

 いきなりスタットキャストデータに行く前に、オーソドックスな奪三振率 K/9 や与四球率 BB/9 といった典型的な投手スタッツを見てみましょう。下の図は、大会参加20カ国の奪三振率 K/9 や与四球率 BB/9をプロットしたものです。右上に行くほど三振が取れて与四球が少ない、つまりは『投手力に優れた国』という意味になります。尚、国旗の右横に書かれている数値は、1次ラウンドにおける各POOL内の順位です。

 奪三振と与四球は、セイバーメトリクスでも重視される投手成績で、これに被本塁打を加えるとFIP(=Fielding Independent Pitching/守備から独立した疑似防御率)が計算できます。そんな奪三振率 K/9と与四球率 BB/9ですが、韓国代表のそれを計算すると大会参加国の中でもトップクラスです。しかし、勿論これは格下の中国戦やチェコ戦で大勝したボーナスが含まれています。因みに日本戦と豪州戦に絞り込むと、K/9=9.0、BB/9=5.3にまで悪化するので、グラフ上では豪州に近い位置まで移動します。ただ、豪州にしても他のPOOLだったら1次ラウンドを通過出来ていたか怪しいですし、一方で優勝国の日本戦だけで評価するのも酷な気がします。奪三振と与四球は、対戦相手のアクションがあっての打席結果である以上、どうしても対戦国のレベルに左右される側面があります。と、ぐだぐだとした前置きを置いた上で、スタットキャストのデータを見ていきましょう。


速球から見えてくる各国の現在地

それではまず、先ほどのグラフのK/9、BB/9の軸を、4シームの球速と回転数に替えて見てみましょう。見方は同じ感じで、グラフ右上に行くほど球速の速く、回転の多い4シームを投げている国、という評価になります。

 最初のグラフよりも球速&回転数を軸にしたこちらのグラフの方が、各国の投手力の順位イメージと合致しているのではないでしょうか。尚、MLBの速球の平均速度がおよそ93マイル(≒約150キロ)らしい※ので、各国の投手力を見る上で1つの基準になるかと思います。(※2シームなども含まれる点はご注意を。)

 韓国代表の4シームの平均球速が91.6マイル(=147.4キロ)で、これは大会参加20カ国中14位。NPBの2022年シーズンの4シーム平均球速が146.1キロなので、それより1キロ速いレベルですね。侍ジャパンの打者からすると、シーズン中の試合と比べて驚くほどの球速は無かったのではないでしょうか。次に、韓国代表の回転数2,129rpmは、大会参加20カ国中18位。Baseball Savant風に言うと下位15%になります。もっとも回転数でパフォーマンスを評価することはあまり意味が無く、回転軸の方向を考慮したり、変化量まで見てないと正しく評価できないのですが、一旦その話は横に置くとして、3年後のWBCに向けてどうしたらよいか?という観点で見れば回転数からも見えてくる情報も出てきます。

 次に、見やすいようにPOOL Bの国だけに絞るとこんな感じです。

 POOL Bでは日本に次ぐ2番目の戦力として見られていた韓国投手陣ですが、実は3番手の豪州と大きな差はないことが分かりました。さらに、大会全体で見ると下位グループに位置することから、1次ラウンドの組み合わせが違うものでしたら3位ではなく4~5位で大会を終えた可能性も十分ありそうです。これは今回のWBCの競技レベルがそれだけ高くなっているとも言えるのですが、元々大会前の評判でも『投手力が弱点』とは言われていました韓国代表の実力が数値として露わになったと言えるかもしれません。


4シームをどう変えていくか?

 折角4シームを中心に分析を始めたので、そこを切り口に分析していきたいと思います。4シームの具体的な効果を考えると、他の球種と比べてファウルの率が高くファウルでカウントを稼ぐが基本となると思います。今大会でのファウル率は43%と、スウィングに対して半数弱がファウルになっています。速い4シームは単純にバットに当てるのが難しくなるので、ファウルにもなり易くなる、という事ですね。一方でファウルを稼ぐ以外にも、高めに投球して空振りを奪ったり、低めに投げて見逃しを奪う、という使い方もありますが、前者であれば球速に加えて今永投手のような高い回転数やホップ成分方向の変化量が求められますし、後者は低めへの精緻な制球力が求められます。4シームはファウルになり易い一方で、他の変化球よりも空振り率が少なく且つ外野フライやライナーになり易い球種なので、浮き上がる球質や制球力といった武器がない限り危険な球種となります。

 では、特徴を出すためにどうしたらよいか?國學院大學准教授でバイオメカニクスがご専門の神事先生の記事が分かり易かったので引用させてもらいました。ここから言えることは、4シームの球速に関しては基本的に速いに越したことはないが、例外的にバックスピンが効いている場合は、バッターボックスまでの時間が多い分低速の方が縦の変化量増に繋がり三振が奪い易い(イメージとしては上原浩治投手)という事です。


 では、今回の韓国代表投手を1人ずつ見ていきます。尚、縦の変化量Vbreak(インチ)は、Baseball Savant上で「Vertical Movement」ってやつで、恐らくリリースポイントの高さとの比較だろうと思います。なので、数値が少ない程ホップしている4シームということになります。

 球速で速い部類に入るのは、李義理(イ・ウィリ)と郭彬(カク・ビン)の2人。李義理は、制球が悪く今大会でも日本戦で自滅の形になりましたが、球速や縦変化量では優秀な部類に入りましたので、3年の間に制球を磨いていければ次回大会でも通用するようになりそうです。但し、4シームの割合があまりに多過ぎたので、ここは修正ポイントだと思います。普段のKBOでの平均球速が91マイル位だったので、WBCはリリーフ登板だったから思いっきり投げて95マイルが出たのかもしれませんが、与四球はその弊害だったのかもしれません。郭彬は回転数や縦変化量が平凡のためか、4シームでの三振はチェコ相手にしか取れていません。それでも、侍ジャパン相手でもファウルが取れているので十分でしょう。郭彬の4シームは、横変化量が多いシンカー気味の速球なので、これで空振りを奪おうと欲張らずカウント球として使用するのが正解だと思います。こちらも普段のKBOでは平均92マイル位でした。

 それ以外の投手は、球速は93マイル以下で尚且つ回転数も高くない、、、ということで、表1のどこにも当てはまらない投手が多い状態です。こうなると3年以内に球速や回転数が劇的に向上しないようであれば、4シームの割合を3割位にまで下げた方が良いように思いますね。

 続いて、今回WBCに招集されなかった選手を見てみると、韓国の若手投手の中には平均150kmを超える速球派がチラホラ。速球以外も評価が高い安佑鎮は別として、文棟柱 (ムン・ドンジュ/ハンファ)、張栽榮(チャン・ジェヨン/キウム)、U18W杯で活躍した金ソヒョン(ハンファ)など、二十歳前後の彼らが国際舞台でどれだけ通用するか見物です。彼らが代表入りしてくれないと、今のままでは3年後のWBCで、対戦国と互角に渡り合うのは難しいのではないかと思います。出来れば今年11月のアジアプロ野球チャンピオンシップに彼らが登場してくれる事を期待したいと思います。


もっと深刻なのは変化球

 さて、速球よりも深刻なのは変化球です。速球で空振り/見逃しの確率が高く無さそうだとしたら、決め球として変化球が必須となります。所謂『ミールピッチ』というやつですね。

 下の図は、変化球の代表格であるスライダーの曲がり幅を表したグラフで、4シームの投球座標をゼロとした場合に、スライダーが投じられた位置がどれだけ遠かったかを示しています。因みにスウィーパーも含めて集計しました。このグラフからもわかる通り、韓国代表のスライダーは縦横ともに曲がり幅では参加国中で最少という結果でした。

 ところで、大谷選手がWBC決勝の最後の1球に投じられたスウィーパーは印象的でしたが、この時の横方向の変化量は17インチも曲がっていたのだとか。4シームのシュート方向への変化も加えると、20インチ位になるでしょうか。対して韓国代表のスライダーはその半分程度の曲がり幅です。曲がれば良いという話でもありませんが、スライダーの曲がり幅は大きい程失点リスクが抑止されるという分析もあるので、強豪国と比べて韓国のスライダーが優れているという証明をするのは難しそうです。

 ただ、詳しい方は直ぐにピンときたと思うでしょう。『でも、韓国代表の投じているスライダーの内、金廣鉉(キム・グァンヒョン)が半分くらい投げてね?』『金廣鉉が投げているスライダーって横スラじゃねくて縦スラじゃね?』と言うことに。全くその通りなんです。が、金廣鉉がセントルイス在籍時のデータと比較してみても大きな変化はなく、Whiff%(空振り率)が低かったりハードヒット率が高かった点からすると、縦変化だったとしても武器になっていない可能性が高いです。Pitch Valueではプラスを稼いでいるものの、三振が奪うのではなく打たせて取る目的の球種なのかな、と…。


参考)金廣鉉の縦スラ比較

 MLB時代(2021) 

  縦 ↓34.8インチ/横→5.2インチ

  回転数2,114 rpm/球速83.5マイル

 ↓↓↓

 WBC

  縦 ↓33.7インチ/横→5.7インチ

  回転数2,074 rpm/球速84.5マイル


 他の韓国人投手の回転数の低さや変化量からしても似たような傾向が言えることから、他の代表国がスライダーを使って空振りが取れる所が、韓国代表ではその確率が下がってしまう感じです。実際に韓国代表が投げるスライダー系のPlate Disciplineを見ても、Whiff%(空振り率)は29%で大会平均より6%低く、O-swing%(ストライクゾーンをスウィングされる確率)は21%でこれも大会平均より6%低く、その割にO-contact%(ストライクゾーン外のコンタクト率)は56%と大会平均より+16%と高い。

 変化量が少ないのは回転数の少なさが原因かもしれません。実際に韓国代表の投じるスライダーは、変化量も下から3番目ですが、回転数の少なさも下から3番目でした。これが滑りやすいボールの影響なのか、某代表OBが指摘した通り高校時代の環境の影響なのか理由は定かではありませんが、決め球としてスライダーを多投するのは控えた方が良さそうです。

 同じようにチェンジアップやカーブも分析してみましたが、スライダーよりマシなものの、豪州戦で浮いたチェンジアップやカーブを痛打され本塁打を許している点から考えると、ちょっと厳しいのかなぁ、と思います。


結局 全体的にレベルアップが必要

 ということで、スタットキャストデータから韓国代表の投手陣を分析してきましたが、正直言って糸口が見えず。非常に厳しい内容でした。よくスポーツの試合後、選手がインタビューで「全体的にレベルアップしなければならないと思います!」みたいにふわっ~とした返答がされるシーンを見かけますが、今回の分析についてはまさにその言葉が一番当てはまる印象です。具体的には、『速球の球速をあと1.5マイル(2~3キロ)程度上げる』『4シームの縦の変化量を1インチ以上向上させる』『スライダーの横の変化量を5インチ程度増やす』、、、など改善ポイントがたくさん見つかりました。

 韓国野球委員会KBOは、WBC敗退原因を検証し中長期的な対策するらしいが、次回大会は3年後であって、1つの代表チームが劇的に戦力アップするために与えられた時間としては相当短い。韓国の場合、地元KBOのリーグ戦が普段の戦いの場になる訳ですが、そこでプレイする選手のレベルが3年後に急激にアップするか?というと、流石にそれは難しいでしょう。となると、代表編成で何とかするしかない訳ですが、幸いなことにアンダー世代のW杯で活躍したようなプロスペクトが韓国内にはいますので、彼らがKBO以外での経験を積むためにも、代表の常設化を行い海外の打者との対戦機会を増やすことは良いアイディアだと思います。まずは今年の11月、先述した5年振りに開催されるアジアプロ野球チャンピオンシップで、彼らが多く選ばれることを期待したいと思います。


(参考文献)

神事努 (2017) ボールの回転スピードだけでは球質を正しく評価できない, デルタ・ベースボールレポート1,水曜社

森本崚太(2021)野球データ革命,竹書房

Baseball Savant, https://baseballsavant.mlb.com

Fangraphs, https://www.fangraphs.com

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