WBCでは活躍した選手が大会後にMLB球団と契約を結ぶケースは珍しくはありません。その中でも最初にして最大の出世頭は、オーストラリア代表でピーター・モイランでしょう。2006年の第1回WBCでベネズエラ戦に登板したモイランは、その年にアトランタ・ブレーブスと契約を結び同年中にメジャーデビュー。その後実に12年もの間メジャーを舞台に活躍することになりました。ここまでのシンデレラストーリーはかなり稀なケースですが、MLB傘下球団とマイナー契約を結ぶ事例はポツポツ見かけます。
今大会ではニカラグア代表のデュケ・エベルト投手がデトロイト・タイガーズとマイナー契約を結んだことがニュースになりました。エベルト投手はドミニカ共和国戦で、メジャーでもトップクラスの打者であるファン・ソト、フリオ・ロドリゲス、ラファエル・デバースの3人から三振を奪い好投し、試合直後にMLB球団とマイナー契約を結んだ事がかなりセンセーショナルな出来事であったため、冒頭のリンクの通り日本でも”アメリカンドリーム”として取り上げられました。
エベルトのStatcastと契約内容
ただ、私はこの取り上げられ方に対し少し”盛り過ぎ”な印象を持っています。まず、エベルト投手の契約内容はあくまでマイナー契約。尚且つ、現在彼がプレイするリーグはドミニカのサマーリーグ。つまり、まだまだルーキーリーグです。よくよく考えてみれば、”アメリカンドリーム”というのは、アメリカで一旗揚げて一代にして巨万の富を得るみたいな話ですから、エベルト投手はまだ大金は稼いではいないし、プレイするのはアメリカじゃなくてドミニカ共和国だし、って考えると全然アメリカンドリームでも何でもないよなと思う訳です。獲得経緯に話題性があるだけであって、道のりとしては『スタートラインに立てた』という状況です。
ここでエベルトのStatcastデータを見てみましょう。今回はBasebal SavantのMLB Percentile Rankings風に、WBC全出場選手のスタッツからエベルト投手がどの位の位置にいるのか表してみました。こんな感じです。
※Fastballは、4シーム、2シーム、シンカーの球速,回転数を集計。
まず始めに、Hard Hit%(=打球初速95マイル以上の打球を受けた割合)、 K%(奪三振率)、BB%(与四球率)の3項目は、4打席19球しか登板していないので出来すぎである点はご留意ください。Whiff%(=空振り/スウィング率)が42%とWBC大会平均25.5%より高い点は期待できそうですが、速球の球速は約90マイル弱とかなり遅い方で、WBC参加選手中下位24%に該当します。WBCだけだとサンプルが少ないので、大会前に行われたカージナルスとの練習試合の投球内容も見てみましたが、速球の球速はシンカーが89マイル、4シームが88マイルなので、やはり90マイル(=145キロ)に届かない位とみていいでしょう。回転数も2100rpm前後と高くありません。
ニカラグア代表バッテリーも平均的な速球が危険だと考えたためか、カージナルス戦では56%を占めていた速球の割合が、ドミニカ共和国の怪物打線を相手にした時の速球は僅か2割。配球の中心はチェンジアップとスライダーでした。その2球種によって、ファン・ソト、J-ROD、デバースの3人を空振り三振に奪ったのです。警戒に警戒して変化球攻めを選択した結果うまくハマった、といった所でしょうか。
但し、ニカラグア国内のウィンターリーグの新人王とは言え、この19球だけで防御率5点台だった投手を獲得しようとデトロイトのスカウトが決断したとはちょっと考えにくい。なので恐らくウィンターリーグからマークはしていたのだと思いますが、エベルトのどこに着目して獲得に至ったのか聞いてみたいです。(おそらくはチェンジアップがアウトコースによく制球されていたので、そこに期待しかのかと予想しています。)まだまだ21歳と若いですし、ここから成長してアメリカで頑張ってもらいたいな、と思います。
WBCじゃなくても見てる人は見ている
ところで、ニカラグア代表にはWBCが始まる前にMLB球団とマイナー契約を結べた選手がいます。イスラエル戦に先発したロナルド・メドラーノ投手です。メドラーノ投手は、今回のWBC予選にスペイン代表として出場した選手ですが、その後ニカラグアからもお声がかかり、『1度のWBCで2カ国を代表して出場した男』となりました。メドラーノは、20歳になる前までは、カージナルスのルーキーリーグからキャリアをスタートさせています。カージナルスをリリース後25歳の時に、スペインリーグ(SBL)のテネリフェ・マーリンズにプレイの場を移し、そこでの無双っぷりを目の当たりにしたスペイン野球連盟がメドラーノに代表入りをオファー。「ニカラグア代表に呼ばれたことがないからええよ」と返事をしたものの、WBC予選最後の本戦出場決定戦でチェコ戦に先発し敗退。惜しくも本戦出場は叶わずでしたが、母国のニカラグアウィンターリーグLBPNで、最多勝・最優秀防御率・最多奪三振の投手三冠に加え、シリーズMVPまで獲得。ニカラグアの野球連盟もWBC予選では招集しなかったメドラーノに白羽の矢を立てました。
スペインとニカラグアで無双したメドラーノは、大会前の23年2月にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結びます。そして大会後はロイヤルズの2Aのチームでプレイ。今時点の2Aでのスタッツは良いとは言えませんが、先ほどのエベルトと比べると大分メジャーに近い位置からのスタートを切っています。若い頃は1Aにも上がれなかった男が、スペインからニカラグア経由でいきなり2Aにまで昇格しているのですから、私はWBCドリームよりもこちらの方が夢があるように思います。短期決戦での活躍が認められていきなり契約を結ぶ事も面白い話ですが、アメリカ以外のローカルなリーグの活躍が認められ、サッカーのようにステップアップ移籍が増えてくる事は、野球選手にとっては国際的な移籍市場の活性化という観点で、夢の広がる話かな、と思います。
さて前置きは長くなりましたが、そのメドラーノ投手のStatcastデータを見てみましょう。
特筆すべきは、速球の回転数 Fastball Spin です。大会参加選手中、上位14%に入る程の高い回転数を誇り、そのおかげか平均球速が90マイル強しかないのにも関わらず、27.3%と高い奪三振率をマークしています。持ち球としては4シーム、シンカー、チェンジアップで9割を占めますが、4シームとシンカーは球速や変化量が近いので実質球種としては2つと言えるのかなと。個人的には先発よりもリリーフの方がメジャーに上がりやすいように思いますが、ニカラグア代表としては選手層を考えると先発であり続けてもらわないと困りそうです。
プロスペクトは伊達じゃない
ついでなので同じニカラグア代表投手陣縛りで見ていきましょう。初戦のプエルトリコ戦に先発したカルロス・ロドリゲスは、ミルウォーキー・ブルワーズのプロスペクトランキング第10位の選手です。彼のWBCパーセンタイルランキングはこんな感じでした。
平均被打球速度 Avg Exit Velocityを除くと、ほぼ大会平均か平均以上のスタッツをマークしています。速球は4シームとシンカーで投球の約4割を占め、平均球速は93.3マイル(≒150キロ)。変化球はカッター(23.9%)、チェンジアップ(17.4%)、カーブ(10.9%)と球種も豊富であまり偏り無く投げている印象です。Whiff%(空振り/スウィング率)は42%と優秀(しかも相手はプエルトリコ打線)で、WBC参加選手の上位18%に入ります。ここら辺のStatcastデータを見てしまうと、一線を退いた元メジャーリーガーよりも各球団のプロスペクトのリクルーティングに注力した方が、代表チーム編成としてははるかに優先事項だなと思ってしまいます。誤算の原因は?
ロアイシガ誤算の原因は?
ニカラグア代表が次回のWBCでシードされるには、実力的に最下位を争うことになるであろうイスラエルとの一戦が天王山でした。試合はニカラグア1点リードで8回裏を迎え、ニカラグア代表でNo.1の選手であろうジョナサン・ロアイシガに交代。ヤンキースのセットアッパー投入でイスラエル代表にとどめを刺しにかかりました。ところが、1アウトからディッカーソンにシングルヒットを打たれると、その後もヒットを打たれ3失点。落としてはならないイスラエル戦で逆点負けを喫しました。
ロアイシガのパーセンタイルランキングを見てみましょう。
速球の球速は平均97.1マイル(≒156キロ)でWBC参加選手の中でもトップクラスのスピードを出していました。またChase Rate(ボール球へのスウィング率)も55%と、大会平均26.5%と比べかなり優秀。しかし、問題は空振りがとれていない事です。投球の割合を見るとほぼシンカーを投げているのですが、ストライクゾーンに投げている割合は3割なのでアウトコース中心に投球しています。
そして、注目すべきはヒットを打たれているのは全て左打者だということです。左打者に対しては完全にアウトコース中心の配球で、インコースがほぼありませんでした。その結果、左打者が踏み込んでスウィングすることが出来、アウトコース際のボールを捉えた形になったのだろうと、そんな所だろうと思います。シーズン中はチェンジアップやカーブをもっと投げていたので、そうしていれば違った結果になったかもしれません。投げているボール自体は良い素晴らしいものでしたが、配球の割合とコースにもっと工夫が必要だったのかなと思います。(勿論、打ったイスラエル代表の打者も立派だったと思います。)
ニカラグア代表投手陣の平均年齢は28.3歳で、大会平均28.0歳と比べてもほぼ平均的な年齢構成でした。ただ、若い投手でマイナー傘下に所属している投手も現時点ではまだ1A以下。次回26年大会を迎える頃にはJCラミレスやエラスモ・ラミレスといったメジャー経験のある投手が30代後半に入ってきます。今大会では競合相手に頑張りを見せたニカラグア投手陣ですが、予選はともかく本大会に進出出来たとしても厳しい展開になりそうです。
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