前々から不思議に思っていたことの1つとして、『なぜ中南米の野球リーグはチーム数があんなに多いのか?』という疑問が自分の中でありました。アジアでは日本が12球団、韓国が10球団、台湾が現在5球団(1軍のみ)と、人口ベースで考えれば500~1000万人に1つプロの球団があるような計算になります。メジャーリーグが30球団と球団数は多いですが、アメリカの人口が3億人位なので人口比で言えばNPBと同程度ということになります。そして、お隣のメキシカンリーグ(夏)が18球団。感覚的にちょっと多い感じがしますが、メキシコの人口が1億3千万人位居て、その人口も増え続けていることを考えると、今となっては「ちょっと多い気もするけどそんなもんか」と思えるレベルに収まってきました。
しかしながら、キューバの国内リーグ "セリエ・ナシオナル(以下、CNS)"の16球団、ニカラグアの全国選手権”Pomares”(※ウィンターリーグじゃない方)の20球団辺りは、明らかに球団数が多過ぎる感じがします。両国は日本やメキシコと比べて人口が1桁少ない訳ですから、それで2桁の球団数は流石に多い。何故このような球団数になっているのでしょうか?
参加機会の平等 vs 戦力均衡+プレイの質
キューバとニカラグアの共通点と言えば『社会主義』。(厳密にいえば、キューバはガチの社会主義国家なのに対し、ニカラグアはキューバ政府と仲が良い独裁左派政権なので社会主義国家ではないですが、そこら辺は横に置いておいて。)それ故かキューバのCNSにしてもニカラグアのPomaresにしても、参加チームは全ての州や県に設けられており、全員参加型な構成になっています。そこには『参加機会を平等に』というアマチュアリズム的な発想があるのでしょう。日本の高校野球なんかも全国の都道府県から1校は選出されていますので、これも近い発想なのだろうと思います。
さて、『参加機会を平等に』という考えだけで良いならばここで話は終了します。しかし、これがプロの興行となると集客しなければならない訳ですから、話が変わってきます。観客の立場からすると、レベル差のある一方的な試合は面白くありませんし、試合展開として拮抗はしていてもお粗末なプレイでは見ごたえがありません。プロという視点が加わったことで、プロスポーツ選手として生きていくためには『参加機会の平等』が犠牲になることは止む無し!という考えが生まれてきました。その手段の1つとして、アメリカンスポーツ的ならば、参加チームを固定する『クローズドリーグ』を採用する訳ですし、欧州型であれば入れ替え戦を行う『オープンリーグ』を採用することでトップリーグの参加チーム数を制限しプレイの質を担保する、ということに繋がって来る訳です。
6球団に集約したキューバエリートリーグ
ここで注目したいのが、2022年シーズンから始まったキューバリーグの大幅なフォーマット変更です。CNSの開催期間を短縮し10~2月までの間、CNS16球団の上位選手を6球団に集約した『キューバエリートリーグ(以下、CEL)』を開始しました。CNSの2~3球団が1つの球団に集約される感じです。このエリートリーグで優勝したチームはカリビアンシリーズに派遣されています。このCEL設立によりカリビアンシリーズ派遣チームを補強するのと共に、従来のCNSよりもコンペティティブな試合を増やすことで、国内組の強化につなげるのが狙いです。国際大会での不振が続く苦しい状況で、『参加機会の平等』を犠牲にする方向に舵を切り始めたという事でしょう。
では、16球団→6球団に変わったことでどんな現象が生まれたのか?見ていきます。まずは『戦力均衡』の度合いです。
上の図は、MLB30球団とNPB12球団の勝率別チーム数割合をヒストグラムで表したものです。MLBの場合、一番勝てている球団の勝率が6割後半で、一番負けている球団の勝率は3割前半でした。一方でNPBの場合は、全チーム4割以上6割未満の範囲で収まっています。つまり、MLBよりもNPBの方が球団間の戦力差が少ないということです。MLBの方が贅沢税など戦力均衡策に熱心に取り組んでいるイメージがありますが、実際のところはNPBよりも格差があるということです。(NPBの場合、選手の移籍がアメリカ程活発ではないため、ドラフトで獲得した選手の残留率が高く、ドラフト制度という戦力均衡策の効果がそのまま出ているのかもしれません。)
では、NPBのヒストグラムを比較相手にして、CNSのヒストグラムを見てみましょう。
16球団もあるCNSですが、その内13球団は勝率4~6割の間に収まっていました。NPB程ではありませんが、球団数が多い割に戦力の均衡化が取れている印象です。さて、これがCEL6球団になるとどうなるか?
気持ちばらつきが少なくなった程度でしょうか。CELになったことで、勝率3割台の球団が1チームだけ。そして3割台の球団も勝率.396ですからほぼ勝率4~6割前後で収まっており、NPB並みの戦力バラつきという感じです。
さて、次にリーグとしてはどのような変化があったか?まずは投手成績。
CNS CEL
防御率(ERA) 5.10 → 3.58
奪三振率(K/9) 4.57 → 4.21
与四球率(BB/9) 4.53 → 3.45
元々『打高投低』のCNSでしたが、CELになったことでリーグ全体の防御率が大幅に改善されました。特に与四球率が1以上改善されており、コントロールの悪い投手がCELでは外れ、リーグの投手レベルが高まったようです。
下の図は、CELに選ばれた投手(青)と選ばれたかった投手(オレンジ)のCNSでの投手成績を表したものです。横軸が投球イニング数、縦軸が防御率、そして、円の大きさはリーグ平均の投手の防御率と比べてどの程度失点を抑止したかを示す”Pitching Run”という指標です。円の色が白いものはPitching Runがマイナスになっていることを示しており、簡単に言うと”平均以下の投手”ということになります。オレンジ色で示される”CELで外された投手”の多くが、白い円の”リーグ平均以下”の投手ということが分かります。Pitching RunがプラスにしているのにCELに選ばれていない投手も散見されますが、これはメキシカンリーグに派遣されている選手で、実質CELによりリーグ平均以下の投手が淘汰された、と言っていいでしょう。
一方で、打者成績はこんな感じです。
CNS CEL
OPS .801 → .703
長打率(SLG) .418 → .354
出塁率(OBP) .383 → .349
投手のレベルが上がったことで打撃成績を大きく下落しています。例えば、今だフレデリック・セペダのOPSは、1.151→0.849と0.3ポイントも下落。出塁率は .574→.382とが大幅に落ちました。CNSというリーグにはコントロールの悪い投手が多い事が課題の1つ。以前CNSでの四球成績は当てにならない、というような分析を行いましたが、今回のCEL開催はその証左にもなったように思います。
ただ、投手同様に打者の方も平均以下の打者がCELでは外されたはずですが、なぜ打撃成績だけこんなに一方的に下がったのでしょう?答えは、『リーグ平均以上の打者も外された』からです。下の図は、横軸に打席数、縦軸にOPS、円の大きさは(打者のOPS - リーグ平均OPS)× 打席数 を表しています。(※ 本当は円の大きさを”wRAA”(=リーグ平均の打者が打つ場合に比べてどれだけチーム得点を増やしたを表す指標)を使いたかったのですが、計算が面倒なので上記の指標で代用しました。)
投手のグラフと見比べると、CNSではレギュラークラスの打席機会を与えられている打者でも、CELでは外されているケースが多いように見えます。打者の場合、特にショートやセンターなどは、1人のレギュラー選手がシーズンを通してずっと守り続けていうるというケースも珍しくありません。なので、投手ならば控えに回っても登板の機会は十分にあるのですが、野手の場合、控えに回っても出場機会が限られるということです。他にも、DH枠あたりは、走れない/守れない選手をチームに2人も抱える訳にはいかないので、レギュラー並みの活躍をしていても外されてしまう可能性があります。つまり、野手の方が出場機会に対するレギュラー選手の占有率が高いので、球団同士が合体しても成績が下の選手は戦力余剰になることがある、ということです。
更に、これにより引き起こされる現象として、CELで登板する投手からすれば、対戦する打者の顔ぶれはCNSの時とは大きくは変わらない一方で、打者の立場からすると、リーグ平均以下の投手が登板してくる割合が大幅に減るためCNSの時よりも苦戦する、というカラクリな訳です。
もう少し言うと、CELで合体した後の球団では、合併前のCNS2~3球団の中で優れた投手陣を抱えているチームからの選出が当然増えてきます。なので、合併前の球団の中でもっとも投手成績が良かったチームの投手成績と、合併後の球団の投手成績には高い相関関係が見られました。特にFIP(=Fielding Independent Pitching)の相関係数は0.91と高く、合併するならば投手力を中心に組み合わせを考慮することが大事なのだということが分かります。言い換えると、投手力が低い球団同士を合体させても、戦力は向上しないということです。
CELから分かった分析をまとめると、こんな感じです。
・複数のチームが統合されると、野手以上に投手力が底上げされ、『投高打低』方向に変化する。
・投手力の弱いチーム同士が統合されても、大幅な投手力向上には繋がらない可能性がある。
後編では、CELで得られた知見からメキシコ、ニカラグア、オランダの各国リーグの戦力格差の問題を分析していきたいと思います。
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