2020年東京オリンピックで3大会ぶりに復活する野球競技。しかし、その次の2024年パリオリンピックでは、再び競技種目から除外されることが決定しています。今回はこの件について個人的に思う所があり特集してみました。めちゃくちゃ長いので時間があるときにご覧頂ければと思います。
~野球にオリンピックは必要か?~
野球がオリンピック競技から外されることに対し、プロ野球選手など関係者からは残念がるコメントが多数ありましたが、野球がオリンピックから除外されたことによって、彼らの生活に多大な影響がある訳ではありません。そして、視る側(ファン)からしても、普段見ているプロ野球や高校野球などが急に無くなる訳でもありません。
『オリンピックは野球にとって必要か?』
この手の質問に対し、ネット上の回答を調べてみるとほとんどの答えが『NO』でした。近年視るスポーツとしてプロ野球が発展している中で、オリンピックでの野球に対し必要性を感じていない方が多いようです。私もその気持ちも分からなくありません。しかし、世界に野球を広めようとする立場の人々からすると野球がオリンピックに選ばれるか否かは、非常に大きな差があります。オリンピック競技になれば、各国の国内オリンピック委員会から補助金や援助が貰えます。それが無くなるということは、特に道具などでお金のかかる野球という競技にとっては、厳しい状態に追い込まれることになります。このようにオリンピックが必要か?の答えは、当然ながら立場によって回答が変わってきます。なので、今回はなるべく立場に偏りがないよう意識して考えてみました。
オリンピック側からの視点
ここで少し視点を変えてみたいと思います。オリンピック側から見れば野球はどう映っているのでしょうか?IOC(国際オリンピック委員会)は1984年のロサンゼルス大会以降、商業化路線を進め始めました。結果、ロサンゼルスオリンピックでは黒字を計上し成功を収めましたが、その後の大会から放送権料が高騰し始め、メディアの影響も強まるようになります。オリンピックを開催する都市にとっては、開催のためのインフラ投資などが莫大な額に上り大きな負担となることから、お金の問題が立候補検討段階での判断基準に大きく影響するようになり、次第に立候補する都市の数が減少し始めます。IOCとしても立候補都市の減少は大きな問題になっています。東京オリンピック後の大会に立候補していたパリとロサンゼルスが、それぞれ2024年大会と2028年大会に“競合無し”で当選したことは、候補地減少の問題で危機感を覚えたIOCが、両都市が心変わりする前に囲い込もうとした心理を如実に表しています。
IOCからすれば、開催都市の負担が少なく、且つ多くの収入が得られる競技を選択したい訳です。開催都市の負担と言えば“インフラ”です。立候補地の開催費用が少なく済むよう、既存のインフラを最大限利用したいため、開催地で普及している競技が自然と選ばれやすくなります。パリオリンピックで野球が早々に競技種目から外れたのも、開催地での野球場の有無が大きく影響していると考えられています。
一方で、収入と言えば“放映権料”です。世界中に普及していて、高い視聴率が期待できる競技の方が競技種目として選ばれやすくなります。ここで競技種目ごとにIOCとの力関係が顕著に表れてきます。
例えば、サッカー。オリンピックのサッカーは出場選手に年齢制限(23歳以下+オーバーエイジ枠)が設けられています。これは、世界のスター選手が所属する欧州の各サッカークラブが、オリンピックに派遣される選手について、年齢という条件を課すことで出場許可を引き出した折衷案です。そもそも、ヨーロッパにおいてオリンピックのステータスは高くありません。アジアやアフリカ、北中米カリブ海、南米といった地域ではオリンピックは高い注目を集めているものの、ヨーロッパとはかなりの温度差があります。欧州の各サッカークラブも、所属選手がオリンピックで怪我などされてしまっては堪らないと、選手派遣にはかなり消極的です。一方でIOCからすれば、そんなスター選手に是非オリンピックに出てもらって大会の放映権料を世界のメディアに高く売りたい訳ですから、年齢制限を設けてでも何とか選手に出てもらいたい訳です。
サッカー以外にも競技側の方が優位な種目があります。北米四大スポーツの1つ、バスケットボールもその1つです。アメリカ4大スポーツにしては珍しく世界的に普及しているバスケットボール。NBAのスター選手にオリンピックに出てもらえれば、世界各国から高視聴率が望める訳で、IOCとしてはオリンピックに無くてはならない競技なのです。バスケもサッカー同様、競技側の方が強い立場にあります。
では野球はと言うと、想定される視聴者は北米、中米カリブと東アジアが中心となるのが泣き所です。しかも、アメリカ国民はオリンピックにあまり関心がありません。アメリカ人にとって、スポーツと言えば4大スポーツであって、国内リーグの頂点こそ世界No.1の舞台だ、という感覚でいますから、オリンピック開催期間でも関心が向かうのは4大スポーツなのです。そうなると、視聴率が期待できるのはオリンピックに関心の高い日本、韓国、台湾くらいしかありません。IOCとしては、野球は視聴率が稼ぎにくいコンテンツとして映っているでしょう。
インフラの問題に加えて視聴率という課題が、野球のパリオリンピック競技種目除外という結果になり表れています。パリの次、ロサンゼルスオリンピックは、インフラは問題ないものの視聴率という点で期待が難しい中で野球が復活できるかはかなり不透明です。2032年大会以降のオリンピックがどの都市で開催されるか分かりませんが、インフラの問題と視聴率の問題が両方とも解消できる都市がオリンピック開催都市として選ばれる確率はかなり低いでしょう。そう考えると、野球がオリンピックに復活したくても、IOC側から考えると期待し難しい現状が理解できます。
非オリンピック競技とオリンピックの関係
一方で、オリンピック競技には選ばれていない人気スポーツもたくさんあります。例えばアメリカンフットボール。NFLは北米四大スポーツでNo.1の人気を誇り、その頂点を決める“スーパーボウル”はアメリカで年間最高視聴率を記録するモンスターコンテンツです。しかし、アメフト自体は世界的には普及しているとは言い難い状況です。仮にアメフトがオリンピック競技に選ばれても、前述の通り国際大会に関心が低いアメリカの国民が、アメリカ人が見るかと言えば疑問が残ります。ただ、アメリカ国内では圧倒的な人気を誇っていますから、アメフトにとってオリンピック競技でないことは深刻な問題にはなっていません。
次に、サッカーやバスケに次ぐ競技人口がいると言われるクリケット。クリケットは競技時間の長さがオリンピック競技に選ばれる上での課題と言われます。ただ3時間程度で試合が終わる“トゥエンティー20”と呼ばれる国際大会用のルールもありますので、オリンピック競技として選ばれるには、ルール上の制約はありません。むしろクリケットの場合、強豪国である英連邦諸国がオリンピック参加に対し消極的なことがオリンピック競技となっていない最大の要因です。元々、ワールドカップなど国際大会が盛んに開催されているクリケットの競技連盟は、オリンピックに選ばれてもメリット少なく、むしろ自分たちが開催する大会への影響を気にしています。また、クリケットが国技であるインドでは、国内リーグのインディアン・プレミアリーグ(IPL)が2018年~22年にかけて5年2700億円の放映権で落札されています。アメフト同様、国内の圧倒的な人気によって大きな経済規模の基盤となっています。
他にもアメフトに似たカナディアン・フットボールやオージー・ルールズなど、1つの国もしくは限られた地域で圧倒的な人気を誇っているプロスポーツは結構あります。そして、それらはいずれもオリンピック競技には選ばれていません。野球もこれらに似た構造になっています。MLBはもちろんですが、日本のプロ野球(NPB)も世界的に見れば相当な規模のプロスポーツです。因みに、アメフトや野球は“マイナー競技”と言われることがよくありますが、プロスポーツの経済規模を語った時に私はこの“マイナー”という言葉に違和感を覚えます。マイナー競技だったら何故何億も稼げるのか?と思ってしまうのです。個人的には、マイナー競技という言葉ではなく、“人気な地域とそうでない地域のギャップが物凄く大きい”と言った方が説明として正確なように思います。人気な国・地域にとっては、オリンピックの競技種目に選ばれなくても、それが必ずしもマイナスであるとは思っていないのではないでしょうか。彼らの考えでは、オリンピックが必ずしも“正解”ではないのです。
“野球”が抱える課題
では、人気地域だけで野球を楽しんでいけばいいのか?というと、そんなことを簡単に許してくれない状況にあります。“競技人口の減少”。少年野球の指導者の方ならば、これに対する危機感は相当なものではないでしょうか?日本では少子化のペース以上に、野球をしている子供の数が減っているというデータもあります。サッカーだけでなく多種多様なスポーツや趣味へタッチポイントに溢れている環境下で、野球はその魅力を伝えることが出来なくなっています。
競技人口の減少は競技レベルの低下に繋がり、その“やる側”の変化はいずれ“視る側”にも影響が出てきます。近年のプロ野球は、IT系の比較的新しい球団を中心に集客力向上が進んできましたが、競技人口が低下する中で、例えば大谷翔平のような魅力的なプレイヤ―が再び現れることがあるのか?第2の大谷が現れるには、やはり一定の競技人口という土壌があって可能になるものだと思います。千葉ロッテマリーンズが今年リーフラス社とスクール事業で業務提携を結んだのですが、これも将来の野球競技人口減に対する危機感から生まれた動きです。競技人口の減少という点でアメフトやクリケットなどの競技とは違い、日米ともにドメスティックな市場だけで見ていては良いという状況ではありません。特に日本は少子化という問題を抱えていて、子供の競技人口を増やすことにどうしても限界があります。いずれ大きな変化が訪れる可能性が見えている訳で、今の“野球”は何らかのアクションが必要な状況に居ます。例えば、あまり野球が盛んでない海外への競技普及活動や選手の発掘も、そのアクションの1つとして必要になってくると思います。
オリンピックによる視聴効果
しかし、海外への競技普及には、上述の“人気な地域とそうでない地域のギャップ”が立ちはだかります。JICAの青年海外協力隊の方々が、野球を広めようと地道な活動をされていても、そう簡単に進まないのは、その難しさを物語っています。
外国でルールも良く分からないスポーツに興味を持ってもらうのは至難の業です。「野球をやってみたい」と思わせるには、まず野球を目にする機会がないと始まらないと思います。ネットやTV視聴なのか、生観戦なのか目に触れる方法は様々ですが、まずは何試合が見てもらうことが大事です。
しかし、海外ではこの『試合を何回か見てもらうこと』が最も難しいのだろうと思います。これを逆の立場で考えてみましょう。例えば、日本ではルールがあまり知られていないクリケットの試合を見る機会があるか?と考えた時に、自ら進んでYoutube等で検索でもしない限り機会はほぼ無いといっていいと思います。人によっては、人生で1回も見ないこともあり得るのではないでしょうか?
そこでオリンピックです。世界中に配信されるオリンピックならば、その観戦機会を増やすことが出来ると考えるのも理解できます。しかし、東京オリンピックに出場できるのは6カ国のみ。当然その6カ国は、野球が普及している強豪国が得ることになるでしょう。では、出場しない国はどうでしょうか?オリンピックとは言え、ルールも知らない母国のチームも出場しない競技を見る人はいるのか?むしろ放送自体されないのではないでしょうか?そう考えると、野球がオリンピック競技種目に選ばれたとしても、試合の視聴機会増加という点での効果は相当少ないと考えられます。
YES/NOの以前に...
結局の所、冒頭の『オリンピックは野球にとって必要か?』という問題提起自体が、全く議論の意味がないのではないかと思います。大事なのは世界への野球に対する関心の拡大で、オリンピックはその手段の1つでしかありません。Youtubeなどで検索すれば野球の動画はいくらでも出てきますが、自身で検索するという自発的な動きがなければ始まりません。ただ、動画視聴サービスも個々のニーズに合わせて、おすすめ動画が表示されるようになっていますから、少しのきっかけから広がる可能性もあります。
例えば、どこの国でもアメスポに興味がある人はいますので、そこにアーリーアダプターとしてターゲットを絞るのも手だと思います。アメフトのスーパーボウルのハーフタイムを見た人が、メジャーリーグのワールドシリーズを見てMLBに興味を持つ、とか。
もしくは日本の高校野球甲子園。秋田・金足農業の活躍が、中国のネット上で少し話題になったそうです。「ルールは分からずともその姿に感動した」という方々がいたそうです。(中国のテレビでそのような報道は無かったでしょうから、彼らのソースはネットニュースでしょう。)ひと昔よりも、小さなきっかけから野球にたどり着く可能性は高くなっていると思います。
ルールを知らない海外に日本シリーズの魅力を伝える
その小さなきっかけで繋がれた彼らも、ルールを知らないとそこで関心の連鎖は止まってしまいます。例えば、ワールドシリーズという野球最高峰の試合だけを見せても、ルールが分からなければ球場の雰囲気しか伝わりません。その駆け引きの面白さ、選手の凄さといった面白さの部分を伝えるには“解説”に工夫が必要です。NHKで日本のラグビーの試合を放送している時がありますが、必ずルールの字幕説明が入ります。同じように野球でも、海外向けに試合を見せようとするならば、“ルール説明”を伴った試合映像が必要です。その上で“面白さ”まで伝えるには、ルール説明だけでなく、試合の駆け引きまで語れる必要があります。
個人的には、試合映像を作るという点で言うと、MLBよりも日本のプロ野球の方が適しているのではないかなと考えています。MLBは試合のテンポが速いですが、日本のプロ野球は“間”を大事にするので、ルールの解説や駆け引きを説明するには後者の方がフィットすると思います。よく野球の普及していない欧州や中国において、「野球は動きが少ないから退屈」という理由がコメントで見られますが、そこを逆手にとって動きの無い時間をルールと解説で埋めるという方法で、弱みを強みに変えることができるのではないかと思います。
それに、MLBは結構淡泊な試合が多い(イチローの引退会見でも物議を醸した「頭を使わなくても出来てしまう野球」)ので、野球の魅力を伝える素材としてはプロ野球の方がいいのではないでしょうか?日本のプロ野球は、どうしても国内マーケットへの依存度が高いプロスポーツですので、試合映像も基本は国内向けです。ですが、将来の競技人口減少を食い止めるには、海外への普及・進出のビジョンも明確にしながら、野球のルールも知らない国に向けた映像作りということも考えていかなければならないのではないでしょうか?スポ―ツのルールというのは、複雑な競技だとしても、基本的な部分は数試合の視聴で覚えられるものです。その数試合かでいかに魅力を伝えリピートしてもらえるか?その部分にかかっています。
プロ野球の最高峰と言えば日本シリーズです。数万人を収容するスタジアムが満員になる世界的な日本シリーズという映像コンテンツ。その魅力が海外の人たちに伝われば、将来その国から、プロ野球に入るような逸材が生まれてくるかもしれません。更にその選手の活躍をきっかけに、アーリーアダプターから一般大衆層に関心に広げられることが出来れば、どんどんと良い循環を生むことが出来るのではないかと思います。
以上、色々と賛否かるかと思いますが、私なりの考えが何かのきっかけになれば幸いです。長文にも関わらずお付き合い頂きありがとうございました。
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