大分ご無沙汰になってしまいましたが、『国際野球のセイバー分析』というニッチ業界の開拓を再開したいと思います。昨年の内に消化したかったネタなのですが、東京オリンピックでのメキシコ代表の惨敗が個人的にどうにも心残りで、どんなメンバーだったらメキシコ代表が勝てたのか、ずっと考えていました。実力的には2Aクラスと言われているメキシカンリーグ。全18球団からトップ所を選抜したメンバーならば侍ジャパンやドミニカ共和国代表とは接戦を演じるに充分な戦力となるだろう、と思っていましたが結果は3戦全敗。(第1戦 ✕ 0-1 vsドミニカ共和国、第2戦 ✕ 4-7 日本、第3戦 ✕ 5-12 イスラエル)第1戦こそ接戦でしたが、第2戦や第3戦は割と序盤にリードされる厳しい展開で敗戦。敗因については、代表監督の交代劇やレアードの出場辞退、日本入国後の調整不足など、主に代表チームの編成や運営上の問題が主であったと思いますが、その一方で”選手選考”の中で何か工夫出来たことがあったのではないか?と思わずにはいられないのです。外国人選手も多いとはいえ、メジャーやプロ野球経験者が多いメキシカンリーグですから、他にも色々と選択肢はあったのではないかと、、、。もしかしたら代表選考の中に政治的な事情があったかもしれませんが、それならそれで”正解”は何だったのか知りたい。そこで、手始めにメキシカンリーグ自体を分析する所からまずは始めたいと思います。
メキシカンリーグのパークファクター:その1
前回記事でも書きましたが、メキシカンリーグの球場は標高が高いことで有名です。コロラドロッキーズのクアーズフィールドのように、標高が高く気圧が低い球場では空気抵抗の低さから変化球は曲がらなくなり、打球に関しては平地よりも9~10%程度飛距離が伸びるようになります。今回メキシカンリーグの2021年シーズン各試合の投打結果から、各指標のパークファクター(以下”PF”)を算出しました。(尚、事前にお断りしておきたいのですが、今回メキシカンリーグのPF算出において、諸事情を加味してかなり無理やりな補正を施しています。具体的には、本来PFはホームとアウェイが均等な試合数で行われることが前提なのですが、2021年シーズンはコロナによるシーズン短縮とかがあり、かなりホーム/アウェイの試合数バランスが歪な試合数となっています。本旨から外れる内容なるので詳細説明は避けますが、かなりアレコレ補正を施しているため、算出したPFの値は大分ざ~っくりな数値であることはご承知置き頂きたく思います。)
まずは打撃指標です。今回各球場のPFと球場本拠地の標高を併記し、お互いの相関係数を算出しています。『相関係数』とは、その値が+1.0に近ければ近いほど、片方の値が増えればもう片方の値も増えるという正の相関関係の強さを示してます。今回のケースでは(得点PFと標高)の相関係数が+0.85と、+1.0に近く高い値となっていますので『標高が高いほど得点も入り易い』という関係が示されたことになります。
次にヒットと標高の関係を見てみましょう。相関係数が得点PFに次いで高いのが、単打PFで+0.71。ほとんど同じ値で2塁打PFが+0.71となっています。単打と2塁打は標高が高い球場であれば出やすいということですね。次に3塁打PFは+0.39とあまり標高との関係性は強くありません。3塁打には走力も関係してくるので、標高との相関関係がそれほど強くないのでしょう。少し違和感があるのが(本塁打PFと標高)の関係ではないでしょうか?『標高が高ければ、本塁打が出易い』という関係はイメージし易いと思うのですが、相関係数の値+0.19はむしろ『本塁打PFと標高はあまり関係ない』という事実を示しています。では、本塁打は標高と関係ないのかというと、そう言い切るのは少し早計で、恐らく本塁打そのものの数が他の安打と比べると少ないので、相関関係を示すのに充分なサンプル数が得られていない、というのが理由だと思います。打球速度が速くなれば安打が出易いということは、スタットキャストなどのデータからも実証されていますし、標高が高いことで打球速度が速くなる、という事実は物理の法則なのでサンプル数の問題とみるのが妥当でしょう。
三振と本塁打の関係
ここで一旦PFの話から離れて、メキシカンリーグとその他のリーグの比較をしてみます。下のグラフは、NPB(セ・パ)、MLB、メキシカンリーグ(夏:LMB)とメキシコのウィンターリーグ(冬:LMP)の打席数当たりの三振数とHR数を表したものです。
このグラフを見ても、三振が多いリーグほど本塁打の割合も多いことが分かります。そして、MLB-NPBーLMP(ウィンターリーグの方)の点群を結ぶと、一本の直線で結べるように見えると思います。ここで言いたいのは、三振が多いリーグは本塁打の率も高くなるということではなく、本塁打を打つには三振数の増加が避けて通れない、ということです。MLBはフライボール革命の影響もあって、近年特に三振が多い傾向にあります。日本のプロ野球もその影響を受けていて、最新と本塁打は増加傾向にあります。しかし、夏冬の両メキシカンリーグの三振率を見ると、MLBやNPBの三振率よりも低いことが分かります。夏冬のメキシカンリーグの三振率が共に低い中で、本塁打率は夏のLMBの方がNPBやMLB並みに高く、一方で冬のLMPは非常に低いという結果になっています。ウィンターリーグのLMPは、標高が低いメキシコ南部で行われるので、標高の高いところで行われるLMBよりも本塁打率が断然低くなるのです。見方を変えれば、夏のLMBの本塁打は必要な三振をせず標高の高さに頼った本塁打だと言えますね。この点を注意してみないといけません。
三振と本塁打以外の比較
それでは三振と本塁打以外の打席結果はどうなっているか?よく三振、本塁打、与四球の3つは『Three(3) True Outcome』と呼ばれていますが、この野手の守備が関与しない打席結果に死球を加えてグラフにしてみました。
各リーグの四死球の割合を見ると、どのリーグも凡そ0.100 前後で大きな違いはありません。そして、LMBとLMPの両リーグは、MLBやNPBと比べて三振と本塁打が少ない分TTO率も低くなっています。つまり、メキシカンリーグは夏にしろ冬にしろ、野手に打球が飛んでくる機会が多いリーグということです。(尚、この傾向は中南米各国のウィンターリーグ王者が集まるカリビアンシリーズにおいても同様の傾向が確認できます。ドミニカ共和国の代表チームのバッターは三振が多い一方で、メキシコチームの打者は三振率や四球が少ない。)
次にその飛んできた打球がヒットになったのか、アウトになったのかを見ていきましょう。下のグラフの中で、黄色折れ線がIn-Play打球の内、ヒットになった割合です。
見ての通り、サマーリーグのメキシカンリーグLMBは他のリーグとは比較にならない確率でヒットが生まれていますが、ウィンターリーグのLMPはほぼMLBと同じ位の割合で飛んで打球がヒットになっています。NPBよりは少し多い程度です。恐らく、夏・冬のメキシカンリーグが共に三振率が低いのは、早打ちの打者が多いというのが理由だと思います。積極的に振ってバットに当ててしまうために本塁打が他のリーグと比べて生まれにくく、それが攻撃力の低下に繋がっているのでしょう。夏のLMBの方はそれでも気圧の影響で本塁打が出たりするものですから、冬のLMPになった途端その現象が現れるのです。
ここまでの話を整理してみます。
・メキシカンリーグの打者は三振が少ないが、その分本塁打も少ない。
・球場内に飛んだ打球は、標高の高いサマーリーグではヒットになる確率が圧倒的に高い。一方で平地に近いウィンターリーグではMLBやNPBと大差がない。
・結果、メキシコリーグの打者は、本塁打が少ない分MLBやNPBと比べて得点力が大きく劣っている。
一般的に三振は良くない要素として捉えられがちですが、最低限三 17.5%~くらいの三振率はあってもらわないと本塁打が期待できないのではないでしょうか。参考に日本代表の主軸の三振率を見てみるとこんな感じです。
村上宗隆 K% 21.6 ➡ 39HR
鈴木誠也 K% 16.5 ➡ 38HR
山田哲人 K% 21.4 ➡ 34HR
柳田悠岐 K% 20.6 ➡ 28HR
坂本勇人 K% 18.5 ➡ 19HR
しかし当然三振ばかり多くてもダメであって、それが長打や本塁打を生み出す三振になっているかもチェックする必要があります。
メキシコ代表打線は東京五輪でも・・・
まずは東京オリンピックメキシコ代表打者の2021シーズンのメキシカンリーグ成績を見てみましょう。折角なので高地の影響をバリバリ受けている彼らの打撃成績に対し、PF影響を補正してみました。尚、PF補正を行ってもあくまで打高のメキシカンリーグの平均値との比較で補正するので、随分な打撃成績になっていることには変わりありません。
メキシコ代表打者のほとんどが打率3割を超えていて、OPSも9割近い選手も半分います。これだけ見るとかなりな重量級打線に見えますが、一流投手でもボール1個分変化量が減少する打者有利なリーグですから、はっきり言ってこの数値は当てにできません。なので打者の特徴を表すスタッツの方が信頼が置けます。まずは三振率SO%です。先ほど”最低限必要な”17.5%以上をマークしているのはソリス捕手だけ。(’尚、メキシカンリーグだけでなく、東京五輪でもメキシコ代表の三振率は参加国中最少、そして長打力SLGも最低でした。)
ただ、フリースウィンガーでは意味がないので、三振した分を長打力に変えられている打者が欲しい。そこで純粋な長打力を示すIsoP (= 長打率-打率)も合わせてみます。先に結論を言うと、この後見ていくメキシカンリーグのトップ打者と比べると、メキシコ代表打線の長打力IsoPは物足りない、と言わざるを得ません。因みに、東京五輪で確変に入っていたジョーイ・メネセスの2A,3Aでの成績は、IsoP .246 - SO% 20.1% でした。また、代表落選でブチキレていたマット・クラーク元代表のLMB成績(PF補正後)も、IsoP .208 - SO% 21.5% と、条件に当てはまり、もし選ばれていたら違いを出せていたかもしれませんね。代表を辞退したブランドン・レアード(1B,3B/千葉ロッテ)も昨季パ・リーグではIsoP .216 - SO% 20.0%でした。レアード辞退の穴を埋めるべく、メジャーで8年プレイしたライアン・ゴインズ(2B,SS/アトランタ・ブレーブス3A)が召集されましたが、レアードのように長打が期待できるタイプではないですから、打線の構想が崩れたのは間違いないでしょう。もっと言えば、ドミニカ共和国など他の強豪と同じ打力を求めるならば、レアード級が2人いても良かったと思います。メネセス、A・ゴン、レアードその1、レアードその2と並べば得点の匂いは全然違ったはずです。
メキシカンスラッガー探し
では三振を恐れず長打を狙えるメキシコ人バッターを探してみよう、ということで、PF補正後の打撃成績でOPSの高い順に、三振率SO% 17.5% 以上, 純長打率 IsoP 17.5%以上のバットを振れる打者を探してみました。加えて、長打力を生み出すための”体格”も軽視できないので、体重100kg前後のパワーヒッターならベストです。
ではOPSのランキングを見てみましょう。
ランキングには日本に馴染みのある名前もちらほら見えますが、まずは条件を満たすメキシコ人選手を探さなければなりません。ですが、条件に当てはまる選手は多いものの、見ての通りメキシコ人で該当する選手が結構少ない。18位にようやく出てくるMikell Granberry(C/ベラクルーズ)まで待たないといけません。その次が27位に元楽天でお馴染みの元メキシコ代表ジャフェット・アマダー(DH/メキシコシティ)。アマダーも今年で35歳、年齢は気になります。以下、U-23W杯メキシコ代表選手など、代表経験も含め該当する選手はいるにはいるものの、本塁打数など他のスタッツや動画を見てみても、どうしても上位にいるWBCイタリア代表のアレックス・リッジやWBCプエルトリコ代表のケニス・バルガスらと比べると破壊力にかける印象…。メキシコ人に拘ると、消去法っぽくなりますが先述のJ・アマダーか、三振率は若干低ので条件外になりましたがOPS5位のビクトル・メンドーサ(1B/モンテレイ、'19年侍ジャパンとの強化試合に4番で出場)あたりが候補でしょうか。ということで、東京オリンピック時点で、メキシコ代表に召集しても良かったんじゃないかなと思えるのはせいぜいアマダーとV・メンドーサの2人ですね。
という感じで見ていくと、ついつい『メキシコ系アメリカ人選手でメキシコ代表に入ってくれる選手いないかな…。』という考えになってきます。ただ、OPSぶっちぎり1位の元メジャーリーガージョン・シングルトン(元アストロズ)は、ぱっと見た感じメキシコ系ではなさそうですし、シーズン後ブルワーズとマイナー契約で米国復帰を果たしてしまったので一旦候補外。それ以降の選手もメキシコ系かどうか見分けが難しいのと、個人的には体格が少し小さめなのでちょっと微妙だなぁ、という印象です。
投手の方はどうなの?
メキシカンリーグの標高の影響は、投手成績にも出ています。やはり変化球の変化量が落ちる分三振が獲り難くなっています。変化球だけでなく、速球においてもポップ成分が生まれにくいので高めのストレートでの空振りは特に獲り難くなります。なので、理屈的には変化量よりも球速が鍵を握りカーブや、変化量が少ない方が良いチェンジアップやスプリットの方が、メキシカンリーグではミールピッチにしやすいでしょう[1]。
また、メキシカンリーグの投手成績スタッツPFと標高の関係を見てみると、相関係数はそこまで強くありませんが、標高の高い球場の方が三振が取れないという傾向が見えてきました。当然と言えば当然ですが、平地の方が投手にとってはプレイし易いということですね。逆に言えば投手不利なメキシカンリーグで圧倒的な成績を出していれば、他のリーグでもそれなりに期待できるのではないでしょうか。
投手FIP/RSAAランキング
それでは投手のセイバー系スタッツを見ていきましょう。ここでは当サイトお馴染みのFIP(=守備の影響を受けない被本塁打/四死球/奪三振から推定した疑似防御率)とFIPを使ったRSAA(=平均的な投手に比べて防いだ失点数)、奪三振率K%の3項目を見ていきます。また、球場毎に奪三振数の取り易さが違うので、参考までにそれらを補正したPF補正版の指標も見ていきましょう。RSAAを基準としたTOP20のランキングはこうなりました。
RSAA1位は台湾・統一ライオンズと契約した元東京ヤクルトのローガン・オンドルセク(SP/統一)。RSAA 14.3点、FIP 2.88はメキシカンリーグ内でもトップクラスに入る成績です。2月に37歳を迎えるベテランですが、統一は良い選手に目を付けたと言えるのではないでしょうか。ランキングを見ると、7位にキューバ代表から派遣されているカルロス・ビエラ(SP/サルティーヨ)の他、元東京ヤクルトのジョシュ・ルーキ(RP/ユカタン)、元楽天のラダメス・リズ(SP/ユカタン)など日本でも馴染みのある名前もありますが、今回の目的であるメキシコ人投手が投手が少ないです。メキシコ人投手でRSAAトップは全体10位のIgnacio Marrujo(SP/タバスコ)ですがFIPは4.47。リーグ失点率5.71と比べれば平均以上の成績ですが、FIPや奪三振率が低さを見るとちょっと”推す”には難い投手です。FIPも優秀な選手に限ると、既に代表常連である元メジャーリーガーのフェルナンド・サラス(RP/タバスコ)とカルロス・ブスタマンテ(RP/モンクローバ)の2名。特にブスタマンテはまだ27歳ですし、ここ数年奪三振率が安定しているのは信頼が置けそうです。2019年のプレミア12でその後メジャーリーグに昇格する選手を多く揃えたアメリカ代表打線を相手に抑えた投球は見事でした。マイナー時代の防御率は良くはありませんが、メキシカンリーグでは与四球率が良くなっていますので、もしかしたらマイナー復帰やアジアの球団からお声がかかる可能性もあり得るのではないでしょうか。ただ、彼は既に代表入りしている人材ですので、新たな戦力を見つけるという今回の目的には合わず対象外となります。
ここで主なメキシコ代表選手のスタッツもピックアップしてみました。東京オリンピックの日本戦で先発したファン・パブロ・オラマス(SP/タバスコ)がRSAA 5.8点ですが、FIPは4.84と突出した結果ではありませんでした。逆に日本戦の先発として予想されつつも救援に回ったマニュエル・バヌエロス(SP/モンテレイ)の方が期待できそうな感じがします。メキシコでの投球回数は10イニングしかありませんが、高い奪三振率をマークしK/BBも5.5と優秀な成績でしたので、東京五輪での投球は本来の力とは言えなかったと思います。
少し脱線しまして、NPB経験者や元メジャーリーガーなどを見ていきます。
NPB経験者ですが、ほとんどの選手がメキシカンリーグにおいて優秀な成績を出しています。リーグ最多の8勝を挙げMVPに輝いた中村勝投手(SP/グアダハラ)は、RSAAは5.0と優秀でしたがFIPは4.85と決して悪くはありませんが支配的な投球という訳ではありませんでした。寧ろ投球回数が少ないですが濱矢廣大投手(SP/ベラクルーズ)の方が圧倒的な奪三振率を誇っています。今季シーズン途中から独立リーグ経由でオリックスに入団したセサル・バルガス(RP/オリックス)がFIP 3.37でしたから、彼の成績がNPB復帰を目指す上での1つの目安になるでしょう。投手不利なメキシカンリーグとは言え、FIP3点台以下ぐらいの結果は求めたい所です。FIP 2.22の濱矢投手がウィンターリーグのドラフトにかかるというのも納得です。
元メジャー組も全体的に優秀と言えます。
元WBCドミニカ共和国代表のフェルナンド・ロドニー(CL/ティファナ)や、東京五輪で銅メダルを獲得したジャンボ・ディアス(CL/メキシコシティ)など、奪三振率が高いことが元メジャー組の特徴でしょうか。注目したいのはWBCメキシコ代表でメジャー復帰を狙うロベルト・オスーナ(CL/メキシコシティ)。ウィンターリーグの方でもなかなか好調を維持しています。
また、メキシカンリーグには中堅国の代表選手も結構集まっています。
しかし、こちらのメンバーは中々苦戦している選手が多いようです。台湾富邦と契約にこぎつけたWBCコロンビア代表のルイス・エスコバー(SP/富邦ガーディアンズ)は、奪三振率は低くFIP5.42に対し、防御率は2.54と優秀で結構なギャップがあります。オンドルセクとは違ったタイプで台湾ではどちらが活躍できるか見物です。奪三振率が20%を下回る選手が多く、こういった所からも何だかんだメキシカンリーグのレベルの高さが感じられます。
だいぶ話が横道に逸れましたが、投手においても東京オリンピック時点で即戦力になったであろう召集外のメキシカンリーガーは中々見つからず…。結局 打者にしても投手にしても、ランキング上位を占めるのは外国人選手が多く、代表選考で何とかなるのではないかという当初期待していた仮説は『どうやらそうでもなさそうだ』という考えに変わってきました。
メキシカンリーグは誰のために?
ただ、それにしてもメキシコ人選手が少なすぎやしないか?と。メキシカンリーグの外国人枠が7人あることは分かっていましたが、よくよく調べたところ2016年に”メキシコ人選手”の定義を拡大したらしく、メキシコのパスポートを持つアメリカ人選手は外国人枠に当たらないような改定を行ったのだそうで[2]。メキシカンリーグの30%程度がアメリカ系メキシコ人選手ではないか、と言われているそうです。中にはスペイン語をしゃべれないメキシコ系選手もいますし、一方で外国人枠扱いのアメリカ人選手もいます。メキシコ代表の観点で言えば、前者のメキシコ人扱いの選手らがメキシコ代表入りを希望するかが重要ですが、これは何とも言えないと思います。二重国籍が可能なアメリカ人選手にとって、メキシコの市民権を取得することはメキシカンリーグでプレイする上で有利になるし特にデメリットになることもなさそうです。逆にそれが唯一の目的であれば、メキシコ代表への想い入れが無くても決して不思議ではありません。メキシコ系アメリカ人の全員が全員メキシコ代表になりたい訳じゃないでしょうからね。こうしてみるとメキシカンリーグという国内リーグは、メキシコ代表の選考母体としては当初私が期待していたほど大きくないのかもしれません。球団数こそ18も存在しますが、主力が海外勢に占められていることからしてメキシコネイティブにとっては実質半分くらいの”受け皿”具合ではないかと思います。
最初の問いに対する私なりの答えはこうですね。東京オリンピックに別のメキシカンリーガーを呼んでいたら、メキシコ代表は勝てたかもしれないしどうにもならなかったかもしれない。ただ、こんな選手を呼んだ方が良さそうだけどな...という要望に対して簡単に候補選手が見つかるほどのメキシカンリーグでの選択肢はそう多くない。
メキシコ代表チームに欠けたプロスペクト
メキシコ代表のもう1つの課題がプロスペクトです。メジャーリーガーが参加できない国際大会では、中南米やカナダなどのチームは若手とベテランの構成になることが多いですよね。真ん中の世代は他の世代と比べて、既にメジャーリーガーであったり、メジャー昇格に手が届きそうな立ち位置にいることが多いので、代表チームにも動員しにくくなります。下のグラフは、東京オリンピックの日本代表とメキシコ代表の年齢別のヒストグラムです。メキシコ代表には24歳未満の選手がゼロ。一方、日本代表の24歳以下の選手は5名。山本由伸(SP/オリックス)、森下暢仁(SP/広島)、伊藤大海(SP/北海道日本ハム)、平良海馬(RP/埼玉西武)、村上宗隆(3B/東京ヤクルト)。面子的も主力です。
他の代表チームにも、銀メダルのアメリカ代表にはトリストン・カサス(1B/ボストンレッドソックス傘下,2021年プロスペクトランク18位)、銅メダルのドミニカ共和国代表にはフリオ・ロドリゲス(RF/シアトル・マリナーズ傘下,2021年プロスペクトランク2位)のようなメジャーでも有数のプロスペクトがチームに勢いをつけています。また、日本代表の最年長が田中将大(SP/東北楽天)や坂本勇人(SS/読売)のマー君世代=32歳であるのに対して、メキシコ代表のチーム構成は30歳以上のベテランが多く対照的ですね。プロスペクトを入れただけで勝てるとは言いませんが、年齢とパフォーマンスの関係で言うと、打者は26-27歳前後をピ―クにwOBA(打者の攻撃力を占めすセイバー指標)は下がってくると言われますし、投手に至っては21歳をピ―クに防御率は悪化していくという研究結果が報告されています[3] 。プロスペクトを入れれば勝てる、とまでは言いませんが、脂が乗った世代を集められた日本代表と比べれば、メキシコ代表がそれを出来てはいないのは明らかだと思います。
メキシカンリーグの成績上位100名の内、20代前半の選手は投打とも1割に達しません。メキシカンリーグではこの若い世代の層が非常に薄い。ではメキシカンのプロスペクトはどこにいるのか?メキシコでは日本のような高校野球はなく、国内にある様々なアカデミーで野球を学びステップアップしていく訳ですが、20歳も満たない年齢で早々とアメリカに渡ってしまうので、20歳前半でメキシカンリーグのトップチームでバリバリ主力で成績を残す選手は多くありません。最近ではメジャー球団だけでなく日本の球団も触手を伸ばしており、福岡ソフトバンクホークスが17歳のメキシコ人左腕のアレクサンデル・アルメンタ投手(P/キンタナロ―)を育成契約で獲得しています。福岡ソフトバンクは、スチュワートJr.獲得の例からも分かる通り、世界中のプロスペクトを集めるという野望を抱いており、日本の球団としては少しでは稀なスカウティングをしていますが、メキシコのトッププロスペクトたちのキャリアを積む場が完全に海外となっていることがわかる事例でしょう。メキシコ代表チームの編成陣が目を向けなければならないのは海外にいるプロスペクト組であって、ましてメキシコ出身に拘らずメキシコ系アメリカ人選手にも目を向けるならば、召集したいプロスペクトと所属する球団に対してリクルーティングをもっと積極的に行わなければならないと思います。もっとも、この後開かれる主要な国際大会はメジャーリーガーが解禁となるWBCになるので、メキシコ代表が潜在的に持っている強力なDepth Chartが如何なく発揮されると期待していますが、その後のPremier12などでもメキシコ代表がコンスタントに活躍できるよう期待しましょう。
メキシカンプロスペクト紹介
最後はおまけで注目のメキシコ代表候補をピックしたいと思います。
① マーセロ・マイヤー/Marcelo Mayer (SS/ボストン・レッドソックス傘下) 19歳
2021年のMLB公式プロスペクトランキングで9位に入った逸材。生まれも育ちもアメリカですが両親がともにメキシコ人でスペイン語もバリバリ。何としてもメキシコ代表に入ってもらいたい選手でしょう。打撃の評価が高く、メジャー昇格時期は2024年と言われています。次回Permier12がいつ開催されるか不透明ですが、2024年以降の開催だとするとメジャー昇格後で出場出来ない可能性があるので、うまい具合にタイミングがずれて欲しい所です。
② ロスマン・ヴェルドゥーゴ/Rosman Verdugo(サンディエゴ・パドレス傘下) 16歳
2021年のInternational Prospect Rankingで全体47位に入った遊撃手。20-80スカウティング・スケールで、Hitが55,他が50と評価されていてメジャーでもレギュラークラスに成長が期待されています。2021年U-23W杯にも飛び級でメキシコ代表メンバー入り。今年1月サンディエゴ・パドレスと契約を結んだばかり。まだ16歳と凄く若いので、WBC以外の大会でのメキシコ代表入りも充分期待できそうです。
=以上=
(参考情報)
[1] 森本崚太(2021) 『野球データ革命』竹書房
[2] Home and Away: American Ballplayers Are Flooding the Mexican League 18 Sep 2019
[3] 蛭川晧平(2019) 『セイバーメトリクス入門』水曜社
0コメント