WBC'23予選データ考察=レーゲンスブルグ編=

今更ながらWBC予選の振り返りです。しかし、なぜ今更振り返りをやるか?レーゲンスブルグ予選ではイギリス、チェコの2か国がWBC'23本大会の切符を手にした訳ですが、『ぶっちゃけチェコ代表は他の国(特にスペイン代表)より強かったのか?』を検証したかったからに他なりません。欧州の代表各チームにとって、その国の出場資格を持った米マイナーリーグや独立リーグなどでプレイする選手たちを如何にロースターに組み込めるかがチーム編成上非常に大きなポイントになっています。現に欧州では決して強豪国とは言えないイギリス代表が”編成力”によって無敗のまま本戦出場権を獲得しました。一方で、そういった『海外組の多さ』という見方をすれば、2番手はスペインであり、3番手が地元のドイツという順に何となく有力視されていたかと思いますが、結果は地元出身者が多くを占めるチェコ代表がイギリスと共に本戦出場の切符を獲得することになりました。そして、そのチェコ代表が本戦出場権を獲得したことは、割と国際野球好きのファンからも好意的に受け入れられているのではないかと思います。これは言うなれば、甲子園で県外出身者の多い私立強豪高よりも、地元出身の多い公立高校が応援され易い構図と似ている気がします。そのチェコ代表の強みとして彼らの「守備力」がよく取り上げられていましたね。これも甲子園よろしく乱打戦よりも投手を中心とした守りで締まった試合展開の方が、日本人のファンには好まれる傾向にあるのではないかと思います。本戦出場を決めた最終スペイン戦は3-1のロースコアで投手戦の展開でした。ですが、そのチェコ代表は初戦の方のスペイン戦では同じ相手に18安打21失点と大敗を喫しています。チェコが本大会でどれだけの結果を残すか占う意味でも、今予選をデータに基づいてきちんと振り返り分析し、チェコ代表の実力を見極めていきたいと思います。


得点/失点から攻撃力/守備力をマッピング

さて、本サイトではExcelのソルバー機能などを使い各試合の得点数と失点数から、ざっくり各チームの攻撃力/守備力を推定する方法を使っています。(詳細はこちらを参照。)今回もこの方法を使って、レーゲンスブルグ予選出場国をマッピングしてみました。

グラフの見方ですが、右上に布置しているチームほど攻撃力/守備力ともに優れていることを意味します。1番手のイギリスは、参加6カ国中最も攻撃力に優れていて、守備力も3番目に高いという結果になりました。注目したいのはスペインで、攻撃力はイギリスに続く2番手、守備力は参加国中トップという結果に。また、チェコ代表は攻撃力は5番手、守備力が2番手でしたので、このグラフから見ると、イギリスとスペインが2強で、この2チームが本戦出場を獲得するのが順当なように見えます。


プロセスから攻撃力/投手力をマッピング

ここで別の見方をしてみましょう。セイバーメトリクスの指標の中に、”wRAA”と”RSAA”という2つの指標があります。wRAAは攻撃力を示す指標で「リーグの平均的な打者(or チーム)が打つ場合に比べてどれだけ得点を増やしたか」を意味します。また、RSAAは「その投手が登板時に平均的な投手に比べてどの程度失点を防いでいるか」という投手のパフォーマンスを示す指標です。通常RSAAでは失点率(RA)が用いられるのですが、当サイトではよく失点率の変わりにFIP(=Fielding Independent Pitching)という指標を使います。FIPは与四球・奪三振・被本塁打という守備の関与しない3項目から算出する疑似失点率(又は防御率)です。もちろん、失点には野手の守備も関係しますが、失点の内7割はFIPに使われる3項目で説明がつくとも言われていますので、一旦FIPベースで各チームの評価をしてみます。

wRAAとFIPベースのRSAAは、どちらもリーグ平均と比べての優劣を示す値です。が、正直そこはどうでもよくて、最初にお見せした攻撃力/守備力の推定グラフとの違いは、最初のグラフが実際の得点と失点という結果をもとに逆算してマッピングをしているのに対し、wRAAとFIPベースのRSAAはプロセスから攻撃力/守備力(投手力)を推定している、という所です。つまり、wRAAが安打や四死球などの各打席の打者成績、FIPベースのRSAAも奪三振や被本塁打などの投手成績から得点/失点を推定する方法なので、最初のマップとはアプローチの仕方が真逆、というか全然違います。また、RSAAにFIPを採用しているので、先述の通り後者のグラフには野手の守備力の要素は含まれていません。


前置きが長くなりましたが、早速グラフを見ていきましょう。グラフの見方は最初のグラフと同じで、右上に行けば行く程攻撃力wRAAと投手力RSAA(FIP)が優れているということになります。

このグラフを見ると、最初のグラフとは各チームの位置が少し変わってきていることに気づくと思います。

まずイギリスですが、1試合辺りのwRAAは+1.2で参加国中No.1。最初のマップでも攻撃力トップでしたのでこの結論はwRAAでも変わらずでした。一方でイギリスの守備はと言うと、1試合当たりのRSAA(FIP)は、最初のマップでは大会3番手だったものがトップという評価に変わっています。次にスペインですが、こちらもwRAAは+1.0で大会参加国中2番手という評価は変わらず。ですが、投手力RSAA(FIP)はなんとマイナス評価の-0.3。大会参加国中3番手の評価で、4位のドイツ代表とほぼ同レベルという結果に変わりました。

そして問題のチェコ代表。攻撃力wRAAは+0.2で、最初のグラフでは大会5番手という低評価から大会3番手に浮上。投手力RSAA(FIP)は+1.6で大会2番手という順位は変わらず。

最初のグラフではイギリスとスペインが2強というように見えましたが、wRAA/RSAA(FIP)によるマッピングだとイギリスが圧倒的No.1で、続くスペインとチェコは拮抗した力関係だったと言えそうです。試合を見られた方にとっては、選手の打撃結果の方が印象に残っていると思いますので、後者のグラフの方が感覚に持っている評価に近いのではないでしょうか。


チェコはもっと得点が取れているはずだった

では、この2つのグラフの差は何を示すのでしょうか?まず攻撃に関して言うと、wRAAは個々の打席結果から得点価値を算出しているので実際の得点とは異なります。つまり、打順の巡り合わせだったり運不運などの影響で、出塁は結構している割に得点に繋がらなかったりすると、wRAAでの評価は良いのに実際の得点は少ない、という現象が起こり得ます。では、wRAAでは評価が良くなったチェコ代表打線をもう少し詳しく見ていきましょう。

実はチェコ代表の打率や出塁率は、大会平均を下回りなんと5位でした。代わりに長打率が大会トップ。HR数でも最多の10本でした。しかし、その代償が三振率SO%に表れていて三振の多さは大会参加国中トップ。つまり、”当たれば飛ぶ”打線になっているのです。繋がりに欠けるせいか10本中実に7本がソロホームランという内容でした。また、リードオフマンのヴォイテフ・メンシク(SS/ドラッシ・ブルノ)は、出塁率.526 /長打率.786と素晴らしい活躍を見せ、出塁した成果は5得点という形で結果に表れましたが、一方でメンシク選手に走者を返す役割も担ってもらうことは出来ず打点は3。もう少し7~9の下位打線の出塁があれば、1~2点打点が増えたとも思えます。この下位打線の底上げがWBC本戦での鍵となりそうです。

因みにポジション別のOPSはこんな感じ。キャッチャーの平均OPSが異常に高い大会となりましたが、これはイギリス代表のハリー・フォードがOPS 1.952というMVP的活躍を見せたため。しかし、チェコ代表も中心的存在のマーティン・セルベンカがOPS 1.224と負けじと活躍。本来打線の穴になり易いポジションでも負けずに対抗出来ており、ここはチェコ代表打線にとって大きなアドバンテージになっていました。勿体ないのはサードでしょうか。本来OPSが高いはずのこのポジションだったのですが、ここが繋がれば先述のメンシク選手の活躍がより活きた結果になっていたと思います。



守備に助けられたスペイン投手

さて、次にRSAA(FIP)では4位だったスペイン代表を見てみましょう。最初のマップでは、DefenseがNo.1だったスペイン代表が、RSAA(FIP)はマイナスになっています。ここを紐解いていきます。

上の表の通り、スペイン代表の投手陣は奪三振率SO/9や与四球率BB/9において、大会1位のスタッツでした。悪かったのは被本塁打率 HR/9です。スペインのHR/9 = 2.3は大会参加6カ国中5位。逆に言えばこれだけ本塁打を打たれも防御率や失点率はイギリスに続き2位なのだから、本塁打以外の失点は極力抑えられた、と言えそうです。

そこで今度は『野手の守備』ですが、こういう国際大会で得られる守備関連のスタッツは限られるので、チーム単位で守備力を評価するDER(守備効率=Defensive Efficiency Ratio)を見ていきます。今大会6チームの中でスペイン代表のDER .747はダントツの1位。これにアウトの得点価値0.78として得点換算すると、4.7点分もの失点をスペイン代表野手の守備によって防いだことになります。(因みに、DER2位はイギリス代表の.717で、得点換算すると1.3点分の失点抑止でした。)この指標をみれば、スペイン代表の野手は守備によってスペイン投手陣を助けた、と言えるでしょう。

しかし、三振を除いた守備でのアウトの取り方に着目すると、スペイン代表はゴロアウト31個に対しフライアウトが40個。GO/AO(ゴロアウト/フライアウト率)は0.78で、大会参加国中もっともフライアウトの割合が多いチームでした。『フライでたくさんアウトが取れているのだから立派なものじゃないか?』とも言えるのですが、個人的にはこれは決して良い傾向ではないのではないか?と考えています。フライが多いということはそれだけフライボールを打たれている可能性も高く、フライが多いということは本塁打になるリスクも高い、という傾向が言えると思います。現にスペイン代表の被本塁打率が多い。守備でアウトを取る割合が他のチームと比べて多いことは良い事でも、その一方で本塁打を多く打たれるのではチームとしての失点は抑えられません。


チェコの守備が良かったのか?と言うと...

では、チェコ代表の守備がアドバンテージになっていたかというと、はっきり言って微妙な所です。スペイン代表と同じ見方をしてみましょう。

チェコ代表のDERは大会参加国中4番目。ほぼ大会平均並みで野手の守備が失点抑止に繋がったかと言うと、どちらでもない、という所でしょうか。一方で、チェコ代表の投手陣はというと、これまた微妙な結果でした。奪三振率SO/9は大会参加国中最下位の5.0。与四球率BB/9 の4.5も大会参加国で3位タイ。被本塁打率 HR/9 1.1がイギリスに続く大会2番目に良い成績だったため、これらを総合的に評価したFIPが6.78で2位になったものの、チェコ代表のゴロアウト/フライアウト率GO/AOは、スペイン代表投手陣と同じくフライアウト多めの傾向であったので、チェコ代表の被本塁打率の少なさは”水物”である可能性があります。


結局チェコもスペインもどちらが勝ってもおかしくなかった

最後にRSAA(FIP)にDER分を補正したグラフも見てみましょう。縦軸で示しているFIP(投手力)とDER(野手の守備)の評価で、スペインがポイントアップしたことで、最初のwRAA+RSAA(FIP)のグラフよりも序列がはっきり出たように見えています。

このように色々な見方で分析していくと、チェコ代表がWBC本戦出場権を獲得できたのは、『最終戦のスペイン戦をワンチャンスでものにした』という見方が妥当なように思えます。WBC予選前に行われたスペインとの練習試合は2戦2敗でした。しかも失点数も多い(2試合で17失点!)。このことから最終戦を1失点で抑えたことは、スペイン戦先発のマーティン・シュナイダー投手の働きが大きいですし、彼がチェコ代表全体の投球回に対し約1/3に相当する10回1/3を投げているということは、逆に言えば彼への依存度を高くしたが故の”本戦出場権の獲得”と言えます。もう1回WBC予選大会を行ったらスペイン代表が勝ち進んだ可能性の方が少し高かったのではないでしょうか。

ただし、本戦に出場して”何か”を起こす可能性があるのは、スペイン代表よりもチェコ代表の方だと思います。本戦では基本格上との対戦(中国は怪しいですが)なので、日本や韓国、豪州の投手陣からヒットや出塁が続くような展開は予想しにくいが、長打力のあるチェコ打線ならば出合い頭の1発は期待できます。なので、チェコ代表投手陣が頑張ってどうにかこうにかロースコアに持ち込めれば、チェコ代表がワンチャン強豪相手にアップセットを演じる可能性もゼロではないのではないかと思います。勿論、スペイン代表にも同様のことが言えますが、ISO(=Isolated Power、長打率から打率を引いた指標)が .167しかないスペイン代表に対し、チェコ代表のISOは.269ですから、パワーに関してはチェコ代表の方が全然上です。但し、WBC本戦での問題は『球数制限』です。ロースコアの展開に持ち込んでも制限数に達すると交代を余儀なくされてしまいます。そうすると、チェコ代表投手陣の選手層が気になってしまう所です。となると、チェコ代表がWBC本戦で勝利を掴むためには、チェコ系アメリカ人の投手(できれば先発タイプ)をいかに召集できるかが鍵を握っているように思います。


最後にチェコ、スペイン代表以外のチームも振り返りってみましょう。

イギリス代表に関しては、得失点(結果)から逆算した最初のグラフでは、攻撃力ではNo.1も守備力の方は3番手でした。これはスペイン戦で9失点しているのが影響したのだと思いますが、RSAA(FIP)やDERから見た失点抑止の評価はNo.1。何回か試合してもイギリス代表が本戦出場権を獲得した可能性は高いと思います。

次にドイツ代表。どのグラフやスタッツを見ても明らかな4番手って感じの結果ですね。海外組の多さを考えるとかなり寂しい結果になってしまいましたが、チェコ代表とは連習試合2試合も含めると対戦成績は3戦全敗。大会前からその予兆も出ていた感じもします。

南アフリカとフランスは、ちょっと手の届きそうな位置にはいませんでしたね。特にフランスに関しては、今後WBC予選に出場出来るレベルなのかどうか?という問題提起をしたい位です。ですが、その件については、次回の『WBC'23予選データ考察=パナマシティ編=』でも取り上げたいと思います。


=以上=



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